天皇陛下のお言葉 全文
 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来既に71年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。
 ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

天皇陛下再び「深い反省」 戦後71年追悼式でお言葉
東京新聞 2016年8月15日
 終戦から七十一年となった十五日、政府主催の「全国戦没者追悼式」が東京都千代田区の日本武道館で開かれ、全国から集まった約五千人の遺族らが、約三百十万人の戦没者を悼み、平和への祈りをささげた。天皇陛下は、戦後七十年に当たる昨年に続き、お言葉で「深い反省」という表現を使い、不戦への強い思いを述べられた。

 天皇陛下は「終戦以来既に七十一年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられました」と、国民が戦後の平和をつむいできたことを強調。「過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないこと」を切に願うと述べた。陛下にとって、生前退位の意向をにじませた「お気持ち」を公表後、皇居外で取り組む初めての公務となった。

 今年は、集団的自衛権の行使を柱とし、戦後日本のあり方を変質させる安全保障関連法が施行されてから初めての式典。安保法の本格的な運用や改憲論議の加速が見込まれる中、安倍晋三首相は式辞で「戦争の惨禍を決して繰り返さない」と述べた。ただ、第二次安倍政権発足後の二〇一三年以降、四年連続で、歴代首相が盛り込んできたアジアへの加害と反省には触れなかった。

 式典は遺族のほか、天皇、皇后両陛下、衆参両院議長ら各界の代表が参列。正午の時報に合わせ参列者が、戦死した軍人や軍属約二百三十万人と、空襲などで亡くなった民間人約八十万人の計三百十万人に黙とうをささげた。

 遺族らの献花を手伝う補助者は昨年まで厚生労働省の職員だったが、戦争の記憶を次世代に継承する観点から、今年は初めて戦没者のひ孫世代となる十~十七歳の男女十四人が務めた。
 厚労省によると、遺族の高齢化で、参列遺族は減少傾向にある。戦後七十年で関心の高かった昨年は増えたが、今年は昨年を下回った。


◆象徴の務めを意識 歴史に向き合う強い思い

 天皇陛下は全国戦没者追悼式でのお言葉で、昨年に続き「深い反省」との表現を使われた。基本的な構成は二〇一四年までの定型的なものに戻ったが、先の大戦で三百十万人の日本人が犠牲となり、周辺諸国に多大な被害を与えた歴史に真摯(しんし)に向き合い、決して忘れてはならないという陛下の強い願いがうかがえる。

 生前退位の意向をにじませた「お気持ち」を公表した直後だけに内容に注目が集まっていた。「お気持ち」では、象徴の務めを果たす責任の重さを表現されており、今回のお言葉も象徴としての務めを意識した発言とみられる。

 戦後七十年の節目だった昨年は「さきの大戦に対する深い反省」と述べ、反省がさきの大戦に対するものであることが明示されていた。今年は「さきの大戦に対する」という言葉はなくなったものの、その前に「過去を顧み」という言葉が昨年同様使われており、「深い反省」がさきの大戦に対するものであることは明らかだといえる。

 陛下は今年一月、皇后さまと共にフィリピンを訪問した。出発前のあいさつで、日米両軍の激しい戦闘によって十万人のフィリピン人が犠牲となった「マニラ市街戦」に触れ、日本による加害に言及した。

 昨年十二月の誕生日会見では「年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います」と語った。「深い反省」は、こうした発言と同一線上にある。

 神戸女学院大学の河西秀哉准教授(日本近現代史)は「今年からまた定型表現に戻るだろうとは考えていた。ただ『深い反省』という四文字に日本の加害責任を含めて過去を忘れてはいけないという、陛下の思いを感じる。国民だけではなく、次世代の皇族にも自分の思いを共有してほしいと語り掛けているのではないか」と指摘した。 (小松田健一)
「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示している天皇陛下は、
8日、ビデオメッセージでお気持ちを表されました。
象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉(全文)
 戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます。
 私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

 本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

 即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

 そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

 私が天皇の位についてから、ほぼ二十八年、この間(かん)私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

 天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ケ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

 始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

 国民の理解を得られることを、切に願っています。


天皇が「お気持ち」で生前退位に反対する安倍政権や日本会議へ反論!  象徴天皇を強調して戦前回帰けん制も
LITERA 2016.08.08


 本日、公表された天皇自身の「お気持ち」を表したビデオメッセージだが、その中身は予想以上に踏み込んだものとなった。
 たんに高齢で天皇としての務めが十分に果たせなくなる懸念を表明しただけでなく、各地に出かけ国民の傍に寄り添うことこそが象徴天皇の役割であり、単純に公務を縮小するのは「無理があろう」と明言。「摂政」をおくという措置に対しても違和感を表明した。また、昭和天皇の崩御のときに起きた自粛が再現されることへの懸念を示し、大々的な葬儀についても「避けることは出来ないものか」とはっきり意思を表した。
 これは、明らかに安倍政権の周辺から出てきている「生前退位反対論」を牽制する意図があってのものだろう。

 実は7月にNHKが「生前退位ご希望」の第一報を打った際、菅義偉官房長官は報道に激怒し、そのあとも政府関係者からは「生前退位は難しい」という慎重論ばかりが聞こえてきていた。「国務を減らせば済む話」「摂政で十分対応できる」、さらに「天皇が勝手に生前退位の希望を口にするのは、憲法違反だ」という声も上がっていた。
 また、安倍政権を支える「日本会議」などの保守勢力からはもっと激しい反発が起こっていた。たとえば、日本会議副会長の小堀桂一郎氏は産経新聞で「生前退位は国体の破壊に繋がる」との激烈な批判の言葉を発している。

 「何よりも、天皇の生前御退位を可とする如き前例を今敢えて作る事は、事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻である。全てを考慮した結果、この事態は摂政の冊立(さくりつ)を以て切り抜けるのが最善だ、との結論になる」(産経新聞7月16日付)
 安倍政権の御用憲法学者で、日本会議理事でもある百地章・日本大学教授も朝日新聞にこう語っていた。

 「明治の皇室典範をつくるときにこれまでの皇室のことを詳しく調べ、生前退位のメリット、デメリットを熟考したうえで最終的に生前譲位の否定となった。その判断は重い。生前譲位を否定した代わりに摂政の制度をより重要なものに位置づけた。そうした明治以降の伝統を尊重すれば譲位ではなくて摂政をおくことが、陛下のお気持ちも大切にするし、今考えられる一番いい方法ではないか」(朝日新聞7月14日付)

 安倍首相の周辺や日本会議が生前退位をヒステリックに否定したがるのは、それが彼らの極右思想の根幹と真っ向から対立するものだからだ。

 そもそも生前退位というのは、江戸時代後期以前の皇室では、しばしば行われていた。ところが、明治になって、天皇を頂点とする国家神道を国民支配のイデオロギー装置にしようと考えた政府は、大日本帝國憲法と皇室典範によって、この生前退位を否定、天皇を終身制にした。「万世一系」の男性血統を国家の基軸に据え、天皇を現人神と位置づける以上、途中で降りるなどということを許すわけにはいかない。終身制であることは不可欠だった。

 それは、この大日本帝國憲法の復活を最終目標にしている安倍首相と日本会議も同様だ。周知のように、自民党の憲法改正草案でも、日本会議の「新憲法の大綱」でも、天皇は「国家元首」と規定されている。彼らが天皇を神話的な存在に戻し、国民支配の装置として再び政治利用しようという意図をもっているのは明らかであり、生前退位を認めるというのは、その目論見が水泡に帰すこととイコールなのだ。

 しかし、天皇は今回のメッセージで、こうした日本会議や安倍首相が狙う戦前的な天皇制復活、天皇の国家元首化をきっぱりと否定した。

 それはたんに生前退位を示唆しただけではない。天皇はメッセージの間、何度も「憲法」「象徴」という言葉を口にした。
「天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」
「天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます」

 さらに、天皇は「天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には」と、天皇を「機能」という言葉で説明した。

 つまり、「象徴天皇」があくまで国民の総意にもとづく「役割」であり、国民の声を聞き寄り添う「機能」を有している必要がある、と語ったのだ。そして、その“日本国憲法下の象徴としての天皇”のあり方を守るために、生前退位の必要性を示唆したのである。

 これは天皇を「国家元首」とする改憲をめざし、「万世一系、男系男子」にこだわる安倍首相や日本会議にとっては、ありえない言葉だっただろう。
 実際、この「お気持ち」表明の後、異常な早口で通り一遍のコメントを読み上げる安倍首相の様子は、明らかに不本意なときに安倍首相が見せるいつものパターンだった。

 「安倍首相やその周辺の右翼連中はもともと、天皇陛下のことを『ヴァイニング夫人に洗脳されている、国体の破壊者だ』と言っていたくらいで、天皇陛下のお気持ちなんて一顧だにしていなかった。生前退位や女性宮家の問題もずっと裏で要望を出されていたのに無視されていた。それが今回、天皇に『国民へのメッセージ』というかたちで、問題を顕在化されてしまったうえ、憲法と象徴天皇制のありようまで語られてしまったわけですからね。いまごろ、はらわたが煮えくりかえってるんじゃないでしょうか」
(ベテラン皇室記者)

 天皇が今回、この「お気持ち」を公表した裏には、単純に高齢化への不安から生前退位を実現したいという以上に、天皇という存在が皇太子の代になっても政治利用されないよう「日本国憲法における象徴としての天皇のありかた」を伝えておきたいという気持ちがあったと言われている。
 戦前回帰を企図する安倍政権がすんなりと生前退位を認めるとは思えないが、少なくとも国民にはその思いは伝わったのではないだろうか。

(エンジョウトオル)
上諭 
 朕は、日本國民の總意に基いて、新日本建設の礎が、定まる に至つたことを、深くよろこび、樞密顧問の諮詢及び帝國憲 法第七十三條による帝國議會の議決を經た帝國憲法の改正を 裁可し、ここにこれを公布せしめる。
御名御璽 
 本日、日本国憲法を公布せしめた。 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであって、国家再建の基礎を 人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によって確定された ものである。  即ち、日本国民は、みづから進んで戦争放棄し、全世界に正義と秩序とを 基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、 民主主義に基いて国政を運営することを、ここに明らかに定めたものである。  朕は、国民と共に全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責 任を重んじ、自由と平和とを愛する文化国家を建設するやうに努めたいと思う。
日本国憲法公布の勅語 昭和天皇 1946年(昭和21年)11月3日
 【上諭】:   1 君主のさとし。2 旧憲法下で、法律・勅令・条約・予算などを公布するとき、その冒頭に記され天皇の裁可を示す文章。
 【御名御璽】:天皇の名前と天皇の公印。詔勅などの末尾に御名と御璽が記されていることを表す。法律の公布にあたっても記される。
 大辞林(三省堂) 
昭和天皇 裕仁陛下(中央)
1946年(昭和21年)10月29日、「修正帝国憲法改正案」を 全会一致で可決した枢密院本会議の模様
  ウィキペディア(フリー百科事典)より
1946年(昭和21年)11月3日公布 1947年(昭和22年) 5月3日施行
日本國憲法は日本国の現行の憲法典である
天皇陛下八十歳の誕生日 「最も印象に残るのは戦争」
慶大名誉教授・小林節氏「安保法制懇は学識なし」 「解釈改憲は憲法ハイジャック」要約 (日刊ゲンダイ)

慶大名誉教授・小林節氏「安保法制懇は学識なし」(上)

■「スイスの憲法」 国家と国民が協力する憲法というのは無理がある。国民が国家に協力しているかどうかを判断、管理するのは権力側ですからね。

■絶対主義のひどさを経験して、市民革命が起こり、二度とこういうことが繰り返されないように憲法が生まれた。安倍首相はあまりに初歩的な知識を欠いています。

■世界中の紛争地に日の丸を立てて、突っ込んでいきたいんじゃないですか。大国と互角に渡り合いたくて。そこで死ぬのは普通の国民です。そう思うと心底、怖くなってきます。
日刊ゲンダイ記事全文


慶大名誉教授・小林節氏「解釈改憲は憲法ハイジャック」(下)
■「憲法は国家権力を縛る」 縛られる国家権力の中で一番強いのが内閣ですよ。その内閣が閣議決定で憲法解釈を変えて憲法の精神をひとひねりしようとするなんて、あり得ない。

■政治家は「信じてください」って言いますが、信じられません。権力者は信じられないから憲法があるんですよ。歴史を振り返ってごらんなさい。権力者を信じてロクなことはなかった。

■今、議論されていることはいずれも個別的自衛権を拡大して対応できるのです。集団的自衛権という大風呂敷を広げたら、原理的にはどこへでも出ていけますよ、ということになってしまう。

■「個別的自衛権を拡大する方が安全、安心」 日本の同盟国は世界中、敵だらけじゃないですか? その米国と一緒に戦うようになれば、東京で9・11が起こり得るのです。

■「砂川裁判について」 最高裁が逃げた判例で、最高裁から集団的自衛権のお墨付きを得たという理屈はおかしい。集団的自衛権の議論を見ていると、いくつものデタラメが複雑に何重にも絡み合っているので、呆れています。
日刊ゲンダイ記事全文
安倍政権による悪夢 日本は、再び国民を巻き込んで破滅の道へ! この戦争も平和のためだった <カラー 第二次世界大戦の馴れ初め#01>

公開日: 2014/03/28

真珠湾攻撃、1941年12月8日未明に開始。当時、この映像の面々 昭和天皇陛下、陸軍大将、東条英機 (とうじょうひでき) 元首相、山下奉文 (やました ともゆき) 軍司令官。日本の子供達。
アメリカ、フランクリン・ルーズベルト大統領。アメリカの軍人、ダグラス・マッカーサー 陸軍元帥。
ナチス・ドイツ、アドルフ・ヒトラー 内閣。イギリス第61代首相 ウィンストン・チャーチル。
注意!一部のシーンに、ご遺体(死体)の映像があります

第二次世界大戦の日本人戦没者の数
日本人戦没者の数((PDF)
チャップリンの史上ベストスピーチ
1940年に上映された「独裁者」の中で、ヒットラーのダブルの床屋が兵士たちの前で­演説するシーン。 チャーリー・チップリン自身によって書かれたスピーチで、史上でもっとも感動的なスピーチとも言われ、各国の言葉に訳され、世界中に広められています。
The Great Dictator full movie russian 1940 Charlie Chaplin
対日、ソ連軍参戦の真相とマンハッタン計画
アメリカからみた【対日ロシア参戦&マンハッタン計画(Manhattan Project)】
第二次世界大戦
 1945年7月12日、ソ連にいる日本大使(佐藤尚武)宛に、ソ連に和平の仲介を依頼する特使を派遣する予定であることを伝えるよう打電した。その暗号電報は即座に解読され、トルーマンに知らされた。
トルーマンは、日本政府が和平の動きに出たことを知って、日本への2種類2発の原爆投下を急がせた。
1945年7月にはポツダム会談に参加した。
 米陸海空軍参謀本部は、首脳会談の前に合同会議を持ち、「ソ連が参戦する予定であることと、天皇制存続を認めれば、日本の降伏は今日にでもありうる。
日本はすでに壊滅状態で、原爆を使う必要はなく、警告すれば十分。」との結論を出した。しかしトルーマンはそれを無視した。
 17日にソ連のスターリンと事前打ち合わせをした際、スターリンからソ連が(ヤルタ会談での密約通り)8月15日に対日参戦すると聞かされた。
 21日に原爆実験成功の詳しい報告を受け取り、その威力のすさまじさを知る。原爆を得たトルーマンは、東欧問題などで、ソ連に対し断固とした態度を示すようになる。トルーマンは、核の力でソ連を抑止できるという考えがあった。
沖縄決戦 BATTLE OF OKINAWA 1945 
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 沖縄戦(おきなわせん)とは、太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)、沖縄諸島に上陸した米軍と日本軍との間で行われた戦いである。
アメリカ軍の作戦名はアイスバーグ作戦(英: Operation Iceberg、氷山作戦)。第二次世界大戦における日本国内での最大規模の陸戦であり、また日米最後の大規模戦闘となった。
国内唯一の地上戦と言われる事があるが、当時日本領だった南洋諸島で行われたサイパンの戦い、硫黄島の戦い、占守島の戦い、南樺太での戦闘等があるという捉え方からは誤りである[1]。

ただ現在の日本の領土内では唯一の地上戦である。また沖縄戦は他地域の地上戦に比べ、民間人が多く参加、あるいは巻き込まれた。沖縄戦は1945年3月26日から始まり、組織的な戦闘は6月23日に終るはずが3日早く6月20日に終了した。米軍の作戦目的は本土攻略のための航空基地・補給基地の確保であり、日本軍のそれは当時想定されていた本土決戦[2]への流れの中に位置づけられる[3]。

主要な戦闘は沖縄本島で行われた。日本軍は水際迎撃を避けて、持久戦闘を基本方針として戦った。特に首里(現那覇市の一部)北方で激戦となった。沖縄諸島周辺の海上でも、神風特攻隊を中心とした日本軍航空部隊や戦艦「大和」などと、連合軍艦隊の間で戦闘が行われた。

上陸後2ヶ月経った1945年5月末に、連合軍が首里を占領した。日本軍は南部に後退したが、6月下旬までに組織的戦力を失った。掃討戦は終戦まで続き、不発弾処理は2010年現在も継続中である。使用された銃弾の数は、アメリカ軍側だけで2,716,691発。このほか、砲弾6万18発と手榴弾392,304発、ロケット弾20,359発、機関銃弾3,000万発弱が発射された[4]。

また、地形が変わるほどの激しい艦砲射撃が行われたため、この戦闘を沖縄県では鉄の雨や鉄の暴風(英:Typhoon of Steel)などと呼ぶ。[5]沖縄戦での全戦没者は20~24万人とされる。沖縄県生活福祉部援護課の1976年3月発表によると、日本側の死者・行方不明者は18万8136人で、沖縄県出身者が12万2228人、そのうち9万4000人が民間人である。

ただし、沖縄県出身者の死者15万人以上という一部研究者による推計値もある。日本側の負傷者数は不明。アメリカ軍側の死者・行方不明者は1万2520人で、負傷者7万2千人であった。

沖縄戦
沖縄戦 Battle of Okinawa
火垂るの墓 Part 1/2 火垂るの墓 Part 2/2
映画 「火垂るの墓」 予告編
2012/03/12 に公開「火垂るの墓」清太14歳、節子4歳。焼け野原に、はかなく光る命がふたつ。太平洋戦­争末期。神戸に暮らす清太と節子の兄妹は、空襲で親も家も失ってしまう。親戚の家に身­をよせたものの、邪魔者扱いされた二人は、大人の力を借りずに防空壕で暮らすことを決­めた。夢見たのは、自由気ままな二人だけの暮らし。しかし幼い兄妹を待っていたものは­、想像以上に厳しくつらい日々の始まりだった・・・。
映像は、有名なエンディングシーン・・・兄が妹の亡骸を柳行李に入れて荼毘にふす。夜­になり兄と妹が座る六甲山系の山の上から現代の神戸の夜景が見える・・・作者は、どん­な意図でこのシーンを加えたのか?
鬼畜!日本の核武装論者
昭和天皇と原子爆弾
 日本はポツダム宣言を受諾したが昭和天皇は玉音放送の中で「【読み下し文】敵は新に残虐なる爆弾を使用して、しきりに無辜(むこ)を殺傷し、惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。而も尚、交戦を継続せんか終(つい)に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし。
 斯(かく)の如くんば朕何をもってか億兆の赤子を保し、皇祖皇宗の神霊に謝せんや。是れ朕が帝国政府をして共同宣言に応ぜしむるに至れるゆえんなり。
」と原子爆弾に対する抗議を行った。
日本の核武装論
 日本の核武装論は、日本が核武装することの是非についての議論である。核武装論は、広義には核兵器を保有していない国家における安全保障政策上の核武装の是非や利得についての議論を指し、狭義には核武装賛成論を指す。核兵器保有国においては、既に保有する核兵器をどのように運用整備するかという核戦略が議論される。
鬼畜!日本の核武装論者
■ 安倍晋三(自由民主党衆議院議員、内閣総理大臣)
■ 麻生太郎(自由民主党衆議院議員、元内閣総理大臣、副総理兼財務・金融大臣)
■ 池坊保子(公明党衆議院議員)
■ 石原慎太郎(作家、元東京都知事)
■ 市村浩一郎(民主党元衆議院議員)
■ 伊藤貫(国際政治・米国金融アナリスト)
■ 井上喜一(自由民主党元衆議院議員、元内閣府特命担当大臣。故人)
■ 勝谷誠彦(コラムニスト)
■ 城内実(自由民主党衆議院議員)
■ 小池百合子(自由民主党衆議院議員、元防衛大臣、元環境大臣)


国家基本問題研究所の関係者
■ 小林よしのり(漫画家。『新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』では、アメリ
 カによる原爆投下を、「人類の不条理として常に何かを産み出してきた「人間の戦
 争」の可能性すら奪った罪は大きい」と批判していたが、2006年の北朝鮮の核実験
 を受けて、現在では日本の核武装を主張している。)
■ 志方俊之(帝京大学教授、元陸上自衛隊北部方面隊総監・陸将)
■ 清水幾太郎(元学習院大学教授 社会学専攻。故人)
■ 下村博文(自由民主党衆議院議員、文部科学大臣)
■ 副島隆彦(常葉学園大学 教育学部特任教授)
■ 高市早苗(自由民主党衆議院議員、総務大臣)
■ 田母神俊雄(軍事評論家、元航空幕僚長)
■ 中川八洋(筑波大学名誉教授 歴史人類学専攻)
■ 中西輝政(京都大学大学院人間・環境学研究科教授)
■ 西部邁(評論家、思想家、雑誌『表現者』顧問)
■ 西村眞悟(次世代の党衆議院議員)
■ 野田毅(自由民主党衆議院議員、元自治大臣、元国家公安委員会委員長)
■ 野田佳彦(民主党衆議院議員、元内閣総理大臣)
■ 橋下徹(弁護士、元大阪府知事、大阪市長)
■ 伴野豊(民主党衆議院議員)
■ 兵頭二十八(軍学者)
■ 平松茂雄(「沖縄と共に『自立国家日本』を再建する草の根ネットワーク」専任講
 師、国家基本問題研究所評議員)
■ 福田和也(慶應義塾大学教授、文芸評論家)
■ 古森義久
■ 水島総
■ 元谷外志雄(アパグループ代表)
■ 米沢隆(民主党元衆議院議員)
■ 和田秀樹(精神科医)
(出典)ウィキペディア
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LastUpdate 2016/8/16
〈東日本大震災追悼式〉 天皇陛下のおことば全文



北大工学部・情報工学科 計算機室にて

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2014/02/11
 
2015/04/05
嘘つきの世界
 
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 橋下徹の正体
日本の頭脳 世界も驚く名言集

 
お金持ちの 未来のために
 
耐震偽装事件

耐震偽装隠蔽事件 「巨悪は政治家と官僚、 記者クラブ」
 
原子力村 癒着の相関図
原子力村 癒着の相関図 放射線被ばくの早見図
忘れるな! あのスキャンダル 国会議員たち 
 
 
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大手ゼネコン大儲け 北海道新幹線着工へ
泣いて生まれて きたけれど
 泣いて生まれてきたけれど-3.11以前の生活を続けていれば命に関わる危機が迫っている
コメントより
 突然死が増えているのも当然。心臓には体内平均の10倍濃縮。ほんの数ベクレルでも毎日食べると危険!
@teatree_ft
「心不全パンデミック」。学会の挨拶で明らかにこの言葉が使われている。
第16回日本心不全学会学術集会
「心不全の増加はこれまで報告がありません。
今回の東日本大震災で心不全が増加した原因を明らかにすることは・・・」


@ma_chako
「神奈川県に住む知り合いが亡くなった。しかし葬儀が10日後だと言うので不思議に思って聞いたら、火葬場が混んでいて、ダビに出来ない」と言う。
死因は心筋梗塞による突然死。先週も神奈川県の友人が突然死した。
葬儀社に問い合わせたら今は死者が多く火葬場が混んでいて、一週間以上待たされるという。
2012年1月17日


このツイートの一年後 

1月28日:追記
@369yume
元気で無病だった友人が今月3日、心筋梗塞で突然他界…涙)
告別式は上野寛永寺でなんと21日に。異常事態です。2013年1月28日


@nosaibaninko
福島の人から「郡山の親族が急死。火葬場が2週間待ち。
白血病が多くなってきている。福島に通って女性のケアしていた鎌倉の女性が白内障に。
関東でも10倍患者が増えていると言われた。
甲状腺検査で蜂の巣状も出ている」との話。
2013年1月28日


@KOSHI_HIKARI_
宮城から避難して来た友達が年明け早々「正月どころじゃなかった」と。
44歳のイトコが突然死。
「葬式どうするか」と言ってる間に、今度はその父親が突然死。
死因は二人とも心筋梗塞。
「死ぬ直前まで元気で出かけて行った」と奥さん放心状態。
過労死とか歳だからで片付けられるんだろう。千葉県在住。


@Cisibasi
現在、某医療機関に潜入取材中ですが、入院患者が多数、心筋梗塞を誘うような症状で、入院症状とは明らかに違うセシウム摂取によると思われる、急性の心不全で、集中治療室に、カテーテル手術を受けています。あまりに多いため、看護師シフトや医者の診察シフトにも影響が出ている。
2013年1月26日


@kissmeyummy
今日、高崎市内の短大助教授54才男性、学校を無断欠席。
学校から職員が高崎市内のご自宅へ様子を見に行くと自宅の部屋で亡くなってらしたそうです。心筋梗塞らしいとのこと。
普段から外食が多かったそうです。
2012年12月18日


@susanou666
8月初旬、知人が心筋梗塞で突然死。 享年33歳。
過去に病歴なし、前日までピンピンしていた‥
「心臓が痛くなる」 「病院に行って心電図をとってもらうが異常がでない」 「息が切れる。パタンと倒れる。老若にかかわらず突然死」


@karitoshi2011
私の元生徒を返せ!生き返るらせて見せろ!心筋梗塞だと!
まだ19だぞ!因果関係の証明なんてできないさ!
だけど、死ぬには早過ぎるとは思わないか?おかしいとは思わないか?


@Usacousausa
先日、魚沼市の高校の山岳部の生徒が心筋梗塞で亡くなっていたことを聞いた。
そして昨日、十日町市の30代の男性も同じく心筋梗塞で亡くなったことを聞いた。
一般的に高校生や30代で心筋梗塞で亡くなるということは、滅多に起こることではない。
新潟県でも確実にこれまでと違うということ。


@kucyan
ベラルーシ死亡率で最も高い(50%以上)のは癌ではなく、心臓血管系の病気とりわけ子供の場合はセシウムの量がわずかであっても、心臓のリズムを壊し30ベクレル以上になると心筋に影響を及ぼし代謝機能を破壊、50ベクレルでは突然死の危険性がある。
バンダジェフスキー


@DaiNatsuMi
そういえば3月の出来事…息子のスイミングが一緒の子のママさんが、「茨城にいる義姉が今日朝起きてこないと思ったら心臓止まってたらしくて、あと少し発見が遅れたら死んでいた」と言っていた。


@blackmarmite
今の職場に長く勤めてきたが、ここにきて希望退職と突然死が、過去最大を記録したのはどう考えても偶然ではないだろう。
2013年01月24日


@kucyan
汚染地で起こる突然死について【何故ならセシウムが、心臓の筋肉に蓄積され、心筋を破壊するからです。そして確実に、ある程度の心筋が失われ、心臓が機能しなくなる。そして心臓発作で亡くなるのです。】 
クリス・バズビー教授


@asosatoshi
日本政府様へ 僕の二女は去年の秋に生まれ翌日死にました。
心臓の奇形でした。放射能は奇形の原因になると聞いた時があります。
娘の死の原因は分かりませんが、僕は毎日、このような悲しい思いをする親と子が増えないように祈っています。
どうか安全に留意して放射能を取り扱ってください。 阿曽聡より
2012年5月7日


@BQN_yachiyo
バズビー教授:心臓病が子どもたちを襲うだろう 。
 50ベクレルのセシウムが心臓の筋肉に取り込まれる。
たった1%の細胞が死滅しただけで、5%の心筋が機能を失う。
わずかなレベルのセシウムの影響を1年間受けるだけで、心臓細胞の2割が破壊される。


@kucyan
「20Bq/㎏で遺伝子に傷が付くおそれが高まると、それが60Bq/㎏で、心臓の半分の機能が、おかしくなる可能性が、強まると~僕も~今9Bq/㎏位のだから20までそんな遠くないじゃないですか」【山本太郎】 
10Bq/kg程度の蓄積でも特に心筋における代謝異常が起きる。
バンダジェフスキー


@olivenews
◎心筋梗塞の放射線起因性:判決は、放影研等の研究に基づく各種知見を総合すれば、心筋梗塞と放射線被爆との間には有意な関連を認めることができるとした上で、そこに一定のしきい値は存在しないと考えるのが合理的であると判示しています。
2012年3月9日
大阪地裁


@lllpuplll
【無関心の名言】「59歳知人女性の訃報。
心不全。知らせてくれた60代女性。
私「食べ物気をつけてたかなぁ」
60代女性「え?」
私「放射能心配じゃないですか?」
女性「え?」
私「放射能」
女性「え?」
私「放・射・能」
女性「え?」
私「ほうしゃのう」
女性「なんで?」」


@Lulu__19
心筋梗塞が放射能の影響ということを一般の人は知らないので、(政府もマスコミも言いません)みんな体調が悪くなって、おかしいと思っているうちに死んでいる。東京の状況です。


@roarmihoko
肥田先生「最近出たロシアの論文によればセシウム137は遅効性でなく、その場で即心臓の筋肉に支障をきたすとある。
福一に最初に入った労働者の方が2日後に、心筋梗塞で亡くなったのはそれではないかと今は思っている。」


富士山ニニギさんの日記の転載:
ニニギはたった200ベクレルの「医療被曝」で「突発性難聴」になりました。
心臓の検査で、放射性物質(確かセシウムとか言ってました)を注射して、それが心臓の筋肉に集中するため、その画像によって、動いている心筋を調べるのです。
「どうせこの先短いのだから」と、リスクのある「放射線注射」の承諾書にサインさせられたのです。
その時医者はリスクの話はしないで、「高い注射なので返品がきかないので、承諾が必要だ」と言ってごまかしたのです。
自己負担が3万円でしたので、10万円の注射です。
どうせ核廃棄物から造ったのでしょう。
 画像を見てみると、見事に放射性物質は心臓の筋肉に集まってました。
その間6時間です。
何とセシウムは摂取後6時間で全て心臓の筋肉に集まったのです。
今考えると恐ろしいことです。


右のボロボロの心筋細胞の汚染濃度は、たった45Bq/kgです。
心臓は他の臓器と違って、体内平均の10倍濃縮されるそうなので、体内平均は、たった4.5Bq/kgなのです。それは、60kgの人で、270Bq/kg汚染されたことになります。
それで、このボロボロの心筋細胞。というわけで、できるだけ、放射性物質の少ない食べ物を食べる必要があります。
そうしないと、皆さんが危険です。政府は国民を守る意思がありません。
ヨーロッパの科学者が気でも狂ったかというのは、こういう事をチェルノブイリの経験から知っているからです。
(中略)
 ほんの数ベクレルでも毎日食べると体内で蓄積して
危険な水準になると考えられるため、0ベクレルが基本です。
(セシウム137の濃縮レベルの上限は計算上150倍です。つまり、1日1ベクレル/kgとっていると、200日後に体全体で150ベクレル/kg汚染されることになります。体重60kgだとすると体内平均2.5Bq/kg 心臓25Bq/kgとなります)


@g69w
煽るのも嫌だ首都圏の危険は分からない。けれど、私の大切な友人の後輩が昨日急性心筋梗塞で亡くなった事を聞かされた。
それだけは事実なんだ。


@mi_nature
同感です。どこまで危険かよくわからない。でも大切な友人の、健康な息子さんが突然脳内出血で倒れて亡くなったのは事実なんです。


@Lulu__19
私は東京都武蔵野市から福岡に避難しました。
ひどい腰痛だった母は、避難してすぐに痛みが無くなった。
私の下痢も頭痛も不眠も無くなった。
東京の瓦礫焼却始まって知人は一家4人中3人心筋梗塞で突然死、友人の会社の課の中で2人突然死。これは全て真実です。


@Lulu__19
一家4人のうち3人心筋梗塞で死亡の件、言い忘れていましたが3人とも高齢ではない人で、最も高齢だった人が残されたのが衝撃的。
常識的に考えて通常ではありえない…
これは本当の知人なのでソースは私。
私が住んでいた吉祥寺を擁する東京都武蔵野市で実際に起きたこと。


@tarosandesuyo
今日は会社の忘年会だった、久しぶりに、42歳の川俣町の避難地区出身の同僚に会ったら、震災後彼の同級生が、もう4人も心筋梗塞で亡くなったと寂しい顔で言っていた。
健康には影響はないとレベルと言われているが実際はどうなのだろう。
私も心臓要注意、白内障ぎみ、甲状腺の数値異常の診断だが..


@TOHRU_HIRANO
突然すみません。健康に影響あります。
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元ゴメリ医大学長、バンダジェフスキー博士

『人体に入った放射性セシウムの医学的生物学的影響
―チェルノブイリの教訓  セシウム137による内臓の病変と対策 ―』
* 細胞増殖が無視できるかまったくない器官や組織(心筋)は、最大範囲の損傷を受ける。
代謝プロセスや膜細胞組織に大きな影響が生じる。
生命維持に必要な多くの系で乱れが生じるが、その最初は心臓血管系である。
* セシウムの平均蓄積量30.32±0.66Bq/kg にあるゴメリの、三歳から七歳の子供は蓄積量と心電図に比例関係があった。
* チェルノブイリ事故後のゴメリ州住民の、突然死の 99%に心筋不調があった。持続性の心臓血管病では、心臓域のセシウム137の濃度は高く、136±33.1Bq/kg となっていた。
* ミンスクの子供は20Bq/kg 以上のセシウム137濃度を持ち、85%が心電図に病理変化を記録している。
* ミンスクの子供で、まれに体内放射能が認められない場合もあるが、その25%に心電図変化がある。
このように濃度が低くても、心筋に重大な代謝変化を起こすのに十分である。
* 動物実験で、セシウムは、心筋のエネルギー代謝をまかなう酵素を抑制することがわかった。
* 平均40-60Bq/kg のセシウムは、心筋の微細な構造変化をもたらすことができ、 全細胞の10-40%が代謝不全となり、規則的収縮ができなくなる。


福島県が2020年度には県内、県外に避難している16万人をゼロにするという計画を発表
 2012年11月27日
無理だなぁ。
8年で避難者がゼロになるわけがない。
8年たてば甲状腺がん、白血病、心臓疾患が急増するだろう。
去年の統計で福島県が心臓疾患死亡率が1位だった。
一昨年は8位だったのに。
もう症状は出ている。

「警告」 微量のセシウムで心臓病多発
http://bit.ly/Ly0Hg4


以上、「泣いて生まれてきたけれど」コメントより
コメントより